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ティッシュエンジニアリングとは何?簡単にわかりやすく解説!3大要素やメリット、デメリットについて

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院長 黒木 良和

九州大学医学部卒
九州大学大学院修了 医学博士
川崎医療福祉大学客員教授
元神奈川県立こども医療センター所長
元聖マリアンナ医科大学客員教授

病気や事故によって体内の組織・器官が致命的なダメージを受けた場合、大抵は他者の臓器などを移植することで体機能の維持が図られます。しかし従来の移植医療は、そもそもドナーの数が限られているうえ、副作用や拒絶反応といったリスクも大きな問題でした。

そこで現在注目されているのが、「ティッシュエンジニアリング」と呼ばれる新たな再生医療です。本記事ではティッシュエンジニアリングの仕組みや治療手順などを一通り解説していくので、気になる人はぜひご一読ください。

ティッシュエンジニアリング=患者自身の体細胞を用いた再生医療

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリングとは、患者自身の体細胞を使って組織や臓器を新たに作り出す治療技術です。理論そのものは1993年にアメリカで提唱され、日本では1999年に政府が発した技術革新プロジェクトの一環として研究が始まりました。

それからわずか4年後の2003年には、表皮を自家培養して熱傷患者に移植する治験が行われています。日本の場合、そもそもの臓器提供数が諸外国に比べて圧倒的に少ないことから、臓器移植に代わる治療技術としてティッシュエンジニアリングの研究は今後も盛んに進められることでしょう。

ティッシュエンジニアリングに必要な3大要素

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリングを一般に提供される治療技術として確立するには、以下に挙げる3大要素それぞれの製造技術に、更なる発展が求められます。

細胞

体内のあらゆる組織には、少なくとも数億個の細胞が含まれています。それが五臓六腑ともなれば、人工的に作り出すうえで必要な細胞数は計り知れません。ここで大事になってくるのが、細胞を培養するスペースの大きさです。

現状、細胞を人工増殖する方法は、「設置細胞培養」と「浮遊細胞培養」に大別されます。設置型は大半の細胞に対応している反面、培養器の表面積を超えない範囲でしか増殖できません。

一方の浮遊型は原則、非接着性の細胞(造血細胞など)のみを対象としているものの、正しい手順を踏めばほぼ際限なく細胞を増やすことが可能です。体組織の作製に必要な細胞数を考えれば、ティッシュエンジニアリングには浮遊型が適しているといえるでしょう。

とはいえ、実用化に向けてはまだまだ課題が山積みです。接着性の細胞を浮遊培養に適応化させること自体は可能なものの、無理やり増殖させた細胞の全てが機能を維持してくれるわけではありません。ティッシュエンジニアリングを再現性のある治療技術として確立するには、まず大元となる細胞の培養技術についてさらなる研究開発が求められます。

マトリックス

体内の組織や臓器は、単に細胞だけで形作られているわけではありません。マトリックスと呼ばれる骨組みに複数の細胞が入り込み、その塊が幾重にも連なることで初めて組織が形成されます。

その例として最も分かりやすいのが、コラーゲンに線維芽細胞が入ることで生まれる「皮膚」です。そしてマトリックスを人工製造する際も、素材として主にコラーゲンが用いられます。また、近年はキトサンやフィッシュコラーゲンなど、海産物由来の成分を加えた人工マトリックスの開発も行われているようです。

ただ、いかなる物質から形成されていようと、人工マトリックスがいつまでも体内に残るのは健康上望ましくありません。移植後まもなく消滅し、細胞自らが生み出す自然のマトリックスに置き換わっていくのがベストです。この課題については、多くの研究機関が今なお試行錯誤を続けています。

また、外から移植したものを身体に定着させるうえでは、細胞の配列を移植先の器官に合わせるのが理想です。しかし今ある製造技術では、細胞を整然と並ばせるようなマトリックスは作れません。ティッシュエンジニアリングの研究において、マトリックスの開発は現状最も伸びしろの大きい分野といえるでしょう。

生理活性物質

生理活性物質とは、ビタミンやホルモンといった、生命活動に影響を与える化合物の総称です。そして生理活性物質のうち、「サイトカイン」と呼ばれる低分子のタンパク質が、ティッシュエンジニアリングにおいて最も重要な役割を果たします。

サイトカインは細胞の誘導や活性化、および細胞間の情報伝達などを司る物質です。体内では主に免疫細胞から分泌されますが、サイトカインを入手するうえで、免疫細胞そのものを一から培養する必要はありません。

例えば日清製粉が開発した「遺伝子組み換えイネ」では、米一粒の胚乳組織から50μg程度のサイトカインを抽出可能です。かなり微小な数字ではありますが、サイトカインはごく微量で生理作用を示す物質なため、マトリックス1個分の細胞群を働かせるのに何ら不足はないでしょう。

ただ、どの組織を何㎥作るのに生理活性物質が何g必要なのか、という具体的な指標までは現状定まっていません。ティッシュエンジニアリングを一般の医療現場まで普及させるには、このような数字の部分もある程度マニュアル化することが求められます。

ティッシュエンジニアリングで再生を目指せる器官

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリングは、先述した3大要素全ての製造プロセスさえ確立されれば、理論上すべての組織・臓器を再生することが可能です。

ここでは臓器・骨組織・皮下組織の3種類に分けて、それぞれがティッシュエンジニアリングによってどのように再生されるのかを簡単に解説します。

臓器

元々、ティッシュエンジニアリングの研究は、既存の臓器に単一の人工組織を結合することで機能回復を目指すのが主流でした。しかし最近では、どの細胞にも分化できる「iPS細胞」から複数の組織を形成し、最終的に臓器そのものを人工製造する研究が進められています。

例えば前駆細胞・間葉系細胞・血管内皮細胞の3種をそれぞれ培養したのち、これらを同じ培地に混ぜてさらに培養すると、肝臓の原基を製造することが可能です。そしてマウスを使った移植実験では、この原基が人同様の肝機能を持つ組織に成長したことが確認されています。

もちろん、同様の効果が人体で安定して現れるかは、今後の研究次第です。それでも、機能不全に陥った臓器を移植手術なしで再生できるようになる未来は、実際かなり近いところまで来ているといえるでしょう。

骨組織

骨組織のティッシュエンジニアリングは、整形外科などで既にある程度実用化されている技術です。例えば関節を覆う「滑膜」から体性幹細胞を採取し、それを培養して移植することで、軟骨や半月板といった様々な骨組織の機能回復を目指せます。

また整形外科で扱うような「身体の骨」だけでなく、歯周病などで欠損した「歯の骨」に関しても、ティッシュエンジニアリングによる再生は可能です。

皮膚

ティッシュエンジニアリングによる皮膚の再生医療もまた、美容クリニックなどで既に実用化されています。中でも主流なのが、患者自身の真皮から線維芽細胞を採取し、それを培養して移植する肌再生治療です。

ティッシュエンジニアリングを採用した治療の流れ

ティッシュエンジニアリング

ここでは、ティッシュエンジニアリングを採用した治療の流れを簡単に紹介します。

患者の体細胞を採取

まずは患者の体から、IPS細胞やES細胞といった「多能性幹細胞」を採取し、細胞処理の専門施設に送ります。そして入院患者でない場合、基本的には細胞を採取した時点で、一旦家に帰されます。

細胞を培養し、人工の器官・組織を作製

細胞処理施設では、先述の手順にて細胞の培養およびマトリックスの作製が行われます。その後、細胞を入れたマトリックスに生理活性物質を反応させれば、人工組織の作製は無事完了です。ただし、このプロセスの所要期間については明確な基準がありません。

作製したものを患者の身体に移植

完成した人工組織が医療機関に移送されたら、後は外科治療によってそれを患者の身体に移植すれば、治療自体はそこで終了です。あとは移植した組織が身体に定着し、臓器等の機能が回復するのを待ちましょう。

ティッシュエンジニアリングのメリット

ティッシュエンジニアリング

それでは、ティッシュエンジニアリングについてここまで解説した内容をもとに、同技術のメリットを振り返ってみましょう。

重度の損傷であっても完治を目指せる

ティッシュエンジニアリングは患者自身の細胞を用い、体組織を一から製造して移植する技術です。そのため重度の損傷はおろか、完全なる機能不全に陥った器官であっても、理論上元通りに再生することができます。

拒絶反応や副作用が起こりにくい

ティッシュエンジニアリングには患者自身の細胞を使うため、臓器移植のように大きな拒絶反応もなければ、薬物療法のような長期の副作用もありません。あとは人工マトリックスの安全性さえ確立されれば、老若男女問わず受けられる治療法となることでしょう。

厳しい承認基準をクリアしている

ティッシュエンジニアリングのような再生医療を病院で提供するには、厚労省が認可する審査機関のいずれかを通す必要があります。ここでは細胞処理施設をはじめとした様々な項目が厳しくチェックされるため、「再生医療を提供できている」という時点でその病院の医療体制は信頼していいでしょう。

ティッシュエンジニアリングのデメリット

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリングは、安全性だけでいえば特にデメリットのない治療技術といえます。ただ、臓器を作るレベルの大がかりな技術である以上、お金や治療期間についてはある程度大目に見なければいけません。

費用がかなり高額

現状、再生医療の多くは健康保険などが効かず、その治療費は総額100万円を超えることも珍しくありません。ただし膝関節の軟骨移植が2013年、骨髄由来幹細胞を用いた脊髄再生が2018年にそれぞれ保険適用が始まっており、今後も保険の適用範囲は広まっていくと考えられます。

治療に着手するまでに時間がかかる

ティッシュエンジニアリングによって人工組織を作製するには、元となる細胞を採取してからそれなりの日数を要します。生命の危機に瀕するような容体の場合、ティッシュエンジニアリングを受けられるとしても、当面は薬物などによる保存療法で耐えることになるでしょう。

まとめ

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリングは、患者の細胞を使って人工的に体組織を作製し移植する治療法です。高い完治率と安全性を誇る一方、人工マトリックスの研究不足や保険の適用範囲の狭さなど、一般的な医療として提供するにはまだまだ多くの課題が残されています。

将来、臓器不全クラスの大病を患ったときのためにも、ティッシュエンジニアリングのような再生医療の情報は、ぜひ今のうちからこまめにチェックしてみてください。

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