角膜細胞とは?再生しない?再生医療での治療方法と治せる症状、原因について分かりやすく解説!
院長 黒木 良和
九州大学大学院修了 医学博士
川崎医療福祉大学客員教授
元神奈川県立こども医療センター所長
元聖マリアンナ医科大学客員教授
目次
角膜は目の中央部分に光を通過する最表層です。角膜細胞は角膜を構成する細胞のことで、「角膜上皮細胞」「角膜実質細胞」「角膜内皮細胞」などがあります。
角膜の病気のうち、「角膜上皮幹細胞疲弊症」はコンタクトレンズの誤った装着や病気・けがによって角膜輪部にダメージが生じる病気で、進行すると失明の恐れがあります。しかし、角膜の再生医療で根本的な治療が可能になります。
今回は角膜の再生医療の治療方法や症状、原因について解説します。
角膜細胞とは
角膜細胞とは、角膜を構成する細胞のことで、「角膜上皮細胞」「角膜実質」「角膜内皮細胞」があります。さらに3つの角膜細胞の間に「基底膜」「ボーマン膜」「デスメ膜」があります。
角膜上皮細胞は角膜のもっとも外側にあり、ダメージから守ってくれます。角膜実質は角膜の大部分を占めていて厚みがあり、厚みの大部分がコラーゲンです。角膜内皮細胞は角膜の一番内側で、角膜を透明に保つポンプの役割を果たしています。
角膜上皮幹細胞疲弊症(LSCD)とは
角膜上皮幹細胞疲弊症(LSCD)とは、目の病気などによって、角膜にダメージを与えて角膜上皮幹細胞が消失する病気のことです。
角膜上皮細胞は上皮に傷がついても修復速度が速いため、ちゃんとしたケアをすれば短期間で治りますが、バリア機能低下で細菌などに感染しやすい状態となります。
LSCDを発症すると細胞の入れ替わりができなくなり、著しい視力障害を起こします。
角膜上皮幹細胞疲弊症の症状
LSCDを発症すると、角膜が結膜上皮の細胞に覆われて白く濁り、目の中に光が届きにくくなり、著しい視力低下が生じます。症状が進行すると角膜のうるおいが失い、眼球癒着(目に炎症を起こすことでまぶたと眼球が癒着すること)を引き起こし、最終的には失明に至ります。
症状が進行しないためには、早めの診察・治療がカギとなります。このあと紹介する治療法にて解説します。
角膜上皮幹細胞疲弊症の原因
角膜上皮幹細胞疲弊症は角膜輪部にダメージが生じ、角膜上皮幹細胞が消失する病気です。最初は角膜の白濁や著しい視力低下を起こしますが、症状が進行すると失明に至る病気です。
角膜上皮幹細胞疲弊症の原因は「内因性」と「外因性」「先天性」「特発性」の4つがあります。身近に使用している目の医療機器でもLSCDの原因となる場合があります。
内因性原因
角膜上皮幹細胞疲弊症の内因性原因(患者自身の病気が原因)は以下の通りです。
- スティーヴンス・ジョンソン症候群:唇や目などの粘膜にただれや紅斑などが多発する病気で、皮膚粘膜眼症候群とも言います。厚生労働省の難病(指定難病38)に指定されています。
- 眼類天疱瘡(がんるいてんぽうそう):粘膜が存在する臓器に水膨れなどが発生する自己免疫疾患です。
- 移植片対宿主病(GVHD):臓器移植(造血幹細胞移植も含む)後に起こる合併症で、ドナー由来のリンパ球が異物とみなして攻撃することによって起こり、重症化すると命にかかわります。目が障害されることもあります。
外因性原因
角膜上皮幹細胞疲弊症の外因性原因(外傷的な原因)は以下の通りです。
- 熱傷・化学傷:熱や化学物質による目のやけどや炎症も角膜上皮幹細胞疲弊症の原因となります。
- 感染症:細菌などの感染症でも目に傷害や炎症を引き起こします。
先天性原因
先天性原因として「無虹彩症」があります。無虹彩症は生まれつき虹彩が完全または不完全に欠損している遺伝的な病気で、厚生労働省の難病(指定難病329)に指定されています。
特発性原因
角膜上皮幹細胞疲弊症は外傷や病気などの原因がほとんどですが、中にははっきりとした原因がわからない特発性のものも少なくありません。
コンタクトレンズの誤った装着もLSCDの原因に!
身近にある目の医療機器として「コンタクトレンズ」があります。コンタクトレンズは薬機法で医療機器(高度管理医療機器)として指定されています。目の中に異物を入れるため、使用方法を間違えると目に障害を与えます。
コンタクトレンズによる障害の原因として「レンズが合っていない」「乾き(ドライアイ)」「レンズの汚れ」などがあります。コンタクトレンズ装着によってレンズが合わなくなり、乾きや汚れが気になったりしてそのまま放置すると角膜上皮幹細胞疲弊症の原因にもなります。
コンタクトレンズを使用の際はかかりつけの眼科医による定期的な診察やレンズの定期的な洗浄が必要です。
角膜上皮幹細胞疲弊症の治療
角膜上皮幹細胞疲弊症はスティーヴンス・ジョンソン症候群などの内因性の原因やけがなどの外因性原因、先天性や特発性、コンタクトレンズの誤った装着が主な原因です。
内因性や先天性の病気に関しては元の病気の治療が必要になりますが、角膜上皮幹細胞疲弊症の疑いがある場合は早めに診断し、適切な治療を受ける必要があります。
ここでは角膜上皮幹細胞疲弊症の診断と治療について解説します。
診断
角膜上皮幹細胞疲弊症の疑いがある場合は、まずはかかりつけの眼科にて検査・診断を行います。
検査は「細隙灯顕微鏡(さいげきとうけんびきょう)」による検査で角膜の状態を詳しく検査して、医師が診断を下します。さらに角膜の状態を詳しく調べるための検査も行われる場合もあります。
角膜移植
角膜上皮幹細胞疲弊症は目の機能を評価するために視力検査を定期的に行いますが、薬などでは治すことができません。
根本的な治療では角膜移植しかありません。角膜移植は病気などで亡くなった方から提供された角膜を使用して、患者の角膜に移植します。しかし、提供後に拒絶反応が生じることや全国的にドナー数が不足していることが大きな問題となっています。
角膜細胞は再生しない?
結論から申し上げますと、一度機能が低下した角膜細胞は元に戻すことはできません。特にポンプの役割を果たしている角膜内皮細胞は一度死んでしまったら再生することはありません。
角膜上皮幹細胞はどうでしょうか?LSCDにかかってしまうと、新たに角膜上皮が作り出さなくなってしまうため、角膜上皮幹細胞自体は元には戻せません。
しかし、再生医療によって治す可能性があります。ここでは、再生医療で使われる「自家培養角膜上皮」と「自家培養口腔粘膜上皮」について解説します。
自家培養角膜上皮
自家培養角膜上皮は、健康な角膜上皮幹細胞を「3T3細胞」を使って培養し、シート状にしたもので、イタリアのペレグリーニ教授らによって発表されました。
日本では「大阪大学」の西田幸二教授、(株)ジャパン・テイッシュエンジニアリングらによって開発され、2020年3月に製造販売承認されました。
自家培養口腔粘膜上皮
自家培養口腔粘膜上皮は、患者自身の口腔粘膜組織から取り出した口腔粘膜上皮細胞を、3T3細胞を使って培養し、シート状にしたもので、西田教授らのグループが開発・臨床応用した技術です。2021年に製造販売承認されました。
角膜の再生医療
角膜上皮幹細胞疲弊症は角膜移植しか根本的治療がありません。しかし、慢性的なドナー不足や移植後の拒絶反応の影響で完全な根本治療ではありません。
日本国内でLSCDの患者は年間1000人程度で、角膜移植の機会に恵まれずに進行して失明しまうケースも多くなっています。
角膜の再生医療は「自家培養角膜上皮シートによる再生医療」があります。
自家培養角膜上皮による再生治療
自家培養角膜上皮シートによる再生医療とは、先ほど紹介した自家培養角膜上皮または自家培養口腔粘膜上皮のいずれかを患者の角膜に移植する治療法です。
角膜上皮シートの再生医療は片側の目だけのLSCDの患者しか治療ができません。一方で口腔粘膜上皮シートの再生医療は患者の口腔粘膜組織を使用するため、両眼ともにLSCDの患者にもこの治療が可能となります。
費用
LSCDの再生治療の費用はこれまでは全額自己負担でした。2020年6月より自家培養角膜上皮による角膜上皮幹細胞疲弊症の再生治療が、2021年12月より自家培養口腔粘膜上皮による角膜上皮幹細胞疲弊症の再生治療がそれぞれ保険適用となりました。
ただし、自家培養角膜上皮による再生治療に関しては以下の疾患は対象外となりますのでご注意ください。なお、自家培養口腔粘膜上皮による再生治療では下記疾患も可能となります。
- スティーヴンス・ジョンソン症候群の患者
- 眼類天疱瘡の患者
- 移植片対宿主病(GVHD)の患者
- 無虹彩症等の先天的に角膜上皮幹細胞に形成異常を来たす疾患の患者
- 再発翼状片の患者
- 特発性の角膜上皮幹細胞疲弊症の患者
自家培養角膜上皮および自家培養口腔粘膜上皮を用いた治療は高額療養費制度の対象となります。患者の自己負担額は2021年12月現在で月額60,000~250,000円程度で、所得によって異なります。
高度療養費制度については厚生労働省のホームページをご覧ください。
副作用について
自家培養角膜上皮および自家培養口腔粘膜上皮による角膜上皮幹細胞疲弊症の再生治療は患者の角膜上皮細胞または口腔粘膜組織を培養して作られているため、拒絶反応がなく、副作用は少ないとされています。
iPS細胞による治療も
2019年に大阪大学の西田教授のグループが、ヒトのiPS細胞由来の角膜上皮を4人の患者に移植する世界初の臨床研究が完了したことが発表されました。いずれの症例も重篤な有害事象が認めず、安全性を示す結果が得られたことや有効性を示す所見も得られたことが報告されています。
(参考:https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20220422-03.html
角膜上皮幹細胞疲弊症の治療は、自家培養角膜上皮または自家培養口腔粘膜上皮による再生医療が選択肢としてありますが、iPS細胞の治療の選択が増えれば、多くの患者の視力回復が期待されます。
しかし、今後の臨床研究の治療結果と安全性の検証には長期間の研究・観察が必要となってきます。
角膜の再生医療の医療機関はどこで治療できる?
自家培養角膜上皮または自家培養口腔粘膜上皮による角膜上皮幹細胞疲弊症の再生治療はいずれも一定の基準を満たした医療機関で専門の眼科医による治療が提供されています。
ただし、これらの再生医療を行うかどうかは医師・医療機関の判断となります。角膜の再生医療を希望している方は、まずはかかりつけの眼科医にて相談してください。
まとめ
角膜細胞のうち、角膜上皮幹細胞が消失する「角膜上皮幹細胞疲弊症」は目の病気やケガ、コンタクトレンズの誤った装着が原因によって起こります。症状は目の白濁や著しい視力低下が始まり、進行すると失明に至ります。
角膜上皮幹細胞疲弊症の治療は角膜移植しか選択肢がありませんでしたが、自家培養角膜上皮または自家培養口腔粘膜上皮を用いた再生医療によって、視力回復が可能になっていきます。いずれも費用は保険適用となり、高額療養費制度の対象となります。
角膜の再生医療は一定の基準を満たした医療機関で行われています。角膜の再生医療を希望されている方は、まずはかかりつけの眼科医に相談してから、治療を始めましょう。